原稿

原稿

「マトリックスの真実」「おカネの真実」「空前絶後の社会運動」「志の世界」「大震災の前線」「右傾化選挙の中で」
世の中の根本的な仕組み、神とは、支配とは、おカネとは、社会とは、人間とは、・・・根源から、そして、前線から、書きました。
読んで面白いと思った方は、どんどん転送やコピー配布をして頂ければ幸いです。


2011/05/19

田植え



昨日から、石山さんの田んぼの田植えに合流しました。
苗を植えた後で、田んぼに播いているのは、何とヒエの種です。
ヒエは、稲と共生しながら、他の雑草を押さえてくれるのです。これは、石山農法のオリジナルです。
今年の秋田は、雨が多く、田んぼを十分に乾かすことができなかったので、雑草が多くなりそうですが、ヒエは期待の星です。
大潟村の広大な風景も、どうぞ。




2011/05/18

幸せな避難所


横浜昼食会は、初めて「みろくの世」をテーマに講演しましたが、私の講演のなかでは、いままで一番完成度が高かったように思います。漁師の三浦さんとのコンビネーションもよかったと思います。

 三浦さんは、今回の訪問で、木更津で一緒に缶詰洗いした人のつながりで、何と漁船をプレゼントされました。司会の吉田さんが、「ラッキーな被災者って、つい不謹慎なこと言って、申し訳ありません。」と言ってましたが、そう言ってしまうのも、無理もない状況です。
 皆さんのお陰で大原中学校の避難所は、もっとも恵まれた避難所といってもいい状況です。もともと彼らは、谷川浜の避難所は人がいっぱいで入れないと言われて入れてもらえず、隣の避難所である大原中学校に行って、物資は、何もいらないから場所だけ貸してくれとお願いして来た人達、つまり、一番恵まれないグループでした。でも、得体のしれない私を受け入れ、外からの支援に積極的に対応した結果、「居心地のいい」避難所になってしまったのです。他の避難所が、生活しづらいので、どんどん人が減り、解散していくのとは、ぜんぜん様子が違います。どこでも見られる段ボールの間仕切りはありません。畳に2列に布団しいて、みんなで寝ています。学校のグランドに仮設住宅の建設が始まり、あとひと月もしないうちに避難所は解散となるでしょうが、仮設に移っても、食事は一緒にとりたいといっています。

 昨日は、クローズアップ現代の取材がありました。いよいよ、水産業復興プロジェクトも本格稼働します。

2011/05/14

缶詰洗い




以前、誰かに「佐々木さんって昔は普通のサラリーマンだったんですか?」ってきかれたので、「ううん、異常なサラリーマンだった。」って答えたことがありましたが、吉田光延さんは、さしずめ、恐るべきサラリーマンとでも言えばいいでしょうか。時間拘束されていながら、いったいどうしてこんなに瞬時に素晴らしいボランティア・ワークができてしまうのか、私には、理解を超えています。

吉田さんは、先日、牡鹿中学校野球部全員のスパイクをミズノと直接掛け合って調達して、寄贈しました。そりゃ、皆、大絶賛ですよね。

そして、今日は、木更津の鈴鹿モータースさんに30名程集まって、木の屋さんの被災缶詰の洗浄作業をやっています。自動車修理に使う高圧洗浄機を貸して頂き、さらにこれだけの人がいるんだから、作業は、格段に進むでしょう。漁師の三浦さんも合流して、私も1時間ばかり一緒に洗いましたが、小さな子供達まで加わっての作業風景は、ほんと、心和むものでした。ほんと、人間は、素晴らしい。明日の昼食会には、この洗った缶詰、もっていく予定です。

2011/05/12

田植え前



 
苗はすくすく育っています。10センチくらいまで成長しています。あと、2,3センチ育ったら植えられる状態です。
命のかての田んぼでも、田起こしも始まりました。

うちの伯母が、いもち病が心配で、その薬だけはかけて欲しいと言いだします。いもち病が発生したら、収穫はほとんどなくなるし、周りの田んぼにも迷惑がかかる。そもそも、山間部は風通しが良くないので空気も淀みやすいし、平野部の大潟村とは全然違うと・・・。

ちゃんと話聴いて、分かったと言って石山さんに相談しました。

そもそも、化学肥料、有機肥料にかかわらず、肥料をやらないと病気にはほとんどかからない。病気は、肥料分を浄化するために発生するのだというのが石山農法です。

それを再度、伯母に説明したら、あっさりと納得していました。

田植え後には、壮絶な雑草との闘いがまっています。およそ40日間、私は、真正面から取り組もうと思います。それによって、収量が決まります。

今日は、田んぼの畦の草刈りや、草取り機械の移送や、田植えの準備をして、一日が終わりましたが、終わってから、石山さんと近藤さんと三人で、ウドを採りに行って、そのまま今晩は、ウドのてんぷらときんぴらにして食べました。

日中、目いっぱい体動かして、飲んで食べて、すぐに寝るという毎日は、すがすがしいです。

下の写真は、田んぼの近くの風景です。
映画「釣りきち三平」のロケ現場になりました。

霊能はいらない


木の屋石巻水産さんは、51111時に、延期になっていた3名の新入社員の入社式をしたそうです。きっと、感動的だったに違いありません。見に行きたかった。

 結局、511日、大雨はあったようですが、ほとんど何も起こりませんでした。予知能力がある人は、できれば、311日を事前に予言して欲しかったですよね。() 予想外のことが起こってから、似たような予測をはじめられても、結局、当たるはずもない。()

 去年の暮れ、講演した時、面識のない人が私に近寄って来てこんなことを言いました。

「あなたは、たいへん頑張ってらっしゃいますが、7000年前の前世で呪いが掛けられていて、やることはすべうまくいきません。来年の3月、あなたの志は、砕けてしまうでしょう。」

その方は、「今から私がその呪いを解きます。」というので、「いいえ、結構です。」と即座にお断りしました。私は、その3月、震源地に突進しましたが()、いまだ、志が砕けた様子はまったくないです。

去年、私がモンゴルで、大きな災難を受けると予言した人までいたようです。確かに生焼けの羊肉食べて、食中毒で、高熱出して寝込みましたが、乳酸菌を大量に飲んだら一日で治りました。きっと、誰かがどこかでお祈りしてくれたから、大難が小難になったのかもしれません。()
その人は、私は、組織を壊す人間だから排除した方がいいという進言までして、結局、予定された講演会の中止にまで発展しました。

ええ、私は、腐った組織は、喜んで壊しますよ。その方が世の中のためだと思うからです。自分の保身や利権のために、だらだら付き合うことはしないです。

こういう霊能をひけらかす人の目的は、結局、お金儲けだと思います。
そして、少し調べてみると、そういう人は、経済的にはとっくに破綻していたりするのです。

「マトリックスの真実」ぜひ、お読み頂ければと思いますが、空の中にあらゆる情報があり、世界は可能性によってなりたっています。それを自分の意識が選択して現実だと思っているだけなのです。時間も幻想なので、本当は、未来も過去もない。あるのは、今だけです。あらゆる可能性の海から、DVD1枚抜き出した物語が予言ですが、予言することの目的は、意識をそこに誘導することです。
支配者の意志は、確かに存在します。それは、破壊の意志であり、現実界では、人口削減を目的として、あらゆる策略が仕掛けられています。でも、それは、創造者の意志じゃないです。

「日本は世界のひな型だ。」とか、「日本人には、特別な役割がある。」といった話しにも私は組しません。もちろん、「誰それに特別な役割がある。」もです。

 あらゆる分離は幻想であり、極小と極大のかたちは一緒なのだから、実際には、すべての存在が雛型であり、私達は、すべてを含んで波打ち続ける海のようなものです。神も仏もあなたのなかにあって、あなたの意識の選択が現実世界をつくります。

目に見えないものが見えたり、先のことがわかったりする能力など、必要ないのです。

どうぞ、ただ愛ある世界を選択してください。


私は、いつ死んでもいいようにと思って生きてますし、地球最後の日は、秋田で米作っていたいと思います。

2011/05/10

原発よりあい~石巻~秋田



土曜日は、結局、10時間もよりあいやってました。
結論はなかったけど、原発問題に真正面から取り組もうというコンセンサスはあったと思います。そして、原発のない社会を創ろうということも。これから、もっと深化して行くと思います。 
今回の原発事故によって、結局、どれくらいの健康被害が起こるかは、やっぱり、未知数です。でも、人々がパニックに陥ると、あっという間に、地獄絵巻きになります。
政府は、すぐに公表しなかったこと、いろいろあったと思います。でも、結果、大混乱を回避できたということは、評価に値すると思います。

今回の地震で、被災者にとって、希望は、人間の本当の素晴らしさを見たこと、そして、絶望は、人間の本当の醜さを見たことでしょう。

日曜の午後、石巻について、木村さんの事務所に泊めて頂いて、ずっと復興プロジェクトのこと、話し込みました。絶望の中に見出す希望って本当にエネルギーがあります。ここから、本当に、みろくの世をつくるプロジェクトが生まれると思います。
昨日は、木村さんと一緒に、大原中学校に行って、漁師さんたちと話し、牡鹿半島の先端までドライブして戻りました。木村さんのお父さん、つまり、木の屋さんの創業者は、大原中学校卒業です。これも、本当に奇遇です。牡鹿半島、もう何度来たっけ?って思いますが、金華山、初めてみました。牡鹿半島の先端の景色、最高でした。穏やかで雄大で。あの向こうが震源地だったって、なんだか不思議でした。

よりあいの時に清水直美さんから頂いた、アロマオイル、確かに大原中学校の女性達に届けました。今晩、さっそく、試してみるって言ってました。先が見えない中で、来る日も来る日も炊き出ししてる女性達は、本当にたいへんなので、きっと、いい癒しになると思います。ありがとうございます。
私が直接頂いたお金は、全部、命のかての口座に入れて、そこから、徐々に被災者に直接渡しています。今回は、大原中学校に10万円、お渡ししました。
ちなみに、前回、横浜のウェルカムパーティでもらったお金は、謝礼だか義援金だかよく分からなかったのですが、封を切らずにそのまま、宮本浩一さんに渡しました。315日、私に、命のガソリン、くれた人です。封筒に書かれた暖かいメッセージ、そのまま、宮本さんに渡りました。

それから、秋田、戻りました。またしても、雨です。
いよいよ、田植えが近くなってきました。
命のかてが、スクスク育ってくれるよう、最善を尽くします。

2011/05/05

命のかんづめ


牡鹿半島の漁師さん達と話している時に、
「『命のかて』みたいに、『命のさかな』つくればいいんだよ」って、山崎富士夫さんが言ってました。
それは、さすがに、ちょっとネーミングが・・・・・・

でも、「命のかんづめ」は、本当にあったのです。
木の屋石巻水産の缶詰は、津波によって何と百万個以上もの在庫が流出してしまったのですが、実は、この缶詰が、多くの被災者を飢えから救ったのです。
通常、食べものが津波で流されたら、もう、食べられませんが、こういう時こそ、缶詰は、大いに役立つんです。

それだけではありません。

副社長の木村さんからこの缶詰を10缶ほど頂いたので、オーラカフェのよりあいでみんなで試食したんですが、食べた人は、みんな驚いていました。普通の缶詰と全然違うのです。普通のさば缶は、パサパサしてるけど、ここの缶詰は、しっとり、やわらかで、とても上品な味がします。

普通の缶詰は、冷凍した魚を原料にしていますが、木の屋さんのものは、近海でとれた生の魚を缶詰にしています。しかも、添加物は一切使っていません。

以前、木村さんが、製造現場の責任者に尋ねたんだそうです。
「この味の素は、何で入れてるんだ?」
「いやぁ、今までずっと使ってたから、入れてるだけです。」
「じゃあ、とりあえず、使わずにつくってみよう。」
 ということで、無添加の缶詰ができ上がったそうですが、とにかく、味が素晴らしいのです。缶詰の汁にお湯を入れたら、上質なスープになります。まさに料亭の味・・・。
 製缶業社にきくと、缶の耐用年数は3年以上は保証できないというそうですが、実際は10年はもつんだそうです。そして、そもそも缶詰に防腐剤、添加物は要らないのです。

 津波によって木の屋さんは、お店も工場も全壊してしまいました。それでも、社員は一人も解雇していません。社員は、津波で散らばった缶詰を拾い集めては、一つ一つ手で洗って泥をきれいに落として、義援金のお礼として、この被災かんづめを差し上げています。

今日は、内房のハイウェイオアシス富楽里で、イベントをやっているというので、さっそく出かけてきました。首都圏では、木の屋さんの社員で、実家が木更津にある鈴木誠さんが中心になって、義援金活動をしています。拾い集めた缶詰を洗う作業がたいへんということで、早速、奇遇にも木更津の吉田さんにまたもや助っ人をお願いしました。いつもすみません。()

まだまだ缶詰はあるようなので、都内でも、試食会や義援金活動やって行きたいと思います。そして、命のさかなプロジェクト()につなげて行きたいと思います。

どうぞ、よろしくお願いします。