原稿

原稿

「マトリックスの真実」「おカネの真実」「空前絶後の社会運動」「志の世界」「大震災の前線」「右傾化選挙の中で」
世の中の根本的な仕組み、神とは、支配とは、おカネとは、社会とは、人間とは、・・・根源から、そして、前線から、書きました。
読んで面白いと思った方は、どんどん転送やコピー配布をして頂ければ幸いです。


2012/08/23

政治家ってなに?


安部芳裕さんが、次の総選挙に向けて、消費税増税撤回、反TPP、脱原発のネットワークづくりを始めるということで、久しぶりに、何度か会って意見交換しています。

私は直近3回の総選挙にでました。もともと保守地盤の強いところで、勝ち目がないから誰も出ない選挙区でした。世の中変えるために自分が礎になれればと思って出ました。1回目、予想外の得票をして次の議席がみえてしまったことで、内外から散々足を引っ張られることになります。() 2回目、郵政選挙で負けた後、3回目は民主党の公認がとれなくても、無所属でも出ると菅さん達の前で宣言して、結局、本当にそうしました。なぜ出たのかっていうと、とどのつまり、民を見捨てられない、裏切れない、だから、民に引導渡してもらえれば本望だと思ったからでした。私の故郷は、人口減少率、高齢化率、自殺率全国ワーストワンの地域です。3回目の選挙の最終日、惨敗することは分かっていて、沿道に出てくれた人全員に土下座して票をお願いしました。心の中では、全員にありがとうって言いました。長く苦しい日々がようやく終わる・・・。一日中、涙が止まらなかった。そして、やり切った後に残ったものは、ただただ至福感でした。人生かけてすべて差し出して誰もやらない馬鹿げたことやってしまったけど、結局、この至福感を得るためだったんだと納得しました。
選挙で、私は、きちんと現代社会の抱える問題の解決策も提示しました。解決策は確かにあります。それでも、民が私を選ばなかったのだから、私に責任はないと言えないことはないです。そして、歴史上、世の中変えた人間はいない、ガンジーはそれに該当するかもしれないけど・・・、だから、自分ができなくたって、まぁ、無理もない。

いい社会の仕組をつくるには権力が必要で、その権力を得るためには、妥協をくり返して志を曲げていかざるを得ない。そして権力を手にした時、志のかけらも残っていない・・・。これが政治家のお決まりのパターンです。

稲森和夫さんが、意志決定の際には、そこに私心がないかをとことん追求すると本にかいていました。宮沢賢治風に言えば「あらゆることを自分を勘定に入れずに・・・」ですね。政治家も当然そうあるべきで、本来、一切の身びいきをやめるべき立場にいると思いますが、私が政治やってる間、残念ながらそういう政治家に出会うことはありませんでした。

消費税もTPPも既定路線といっていいです。これが導入される本当の目的は、収奪と支配を強めること。これによってもたらされるものは、失業者と低賃金労働者に過ぎません。社会はますます荒れます。99%の人にとって不利益な政策ですが、メディアに操作されて、「財政破綻を防ぐためにはやむを得ない」とか「競争で経済を活性化させた方が豊かになる」と刷り込まれてしまうので、半分くらいの人はこれに賛成してしまいます。政治家では、真実に気付かずに、メディアの情報をオウムのように唱える人と、真実は知っているけど自分の立場を守るために、魂売って政策を推進する人に大別されます。そもそも、理解力や分別がある政治家って、本当に少ないと言えます。彼らがパフォーマンスとして枝葉の部分で議論を戦わせることで、既定路線はますます既成事実化していきます。最近では、自分の立場をなくすことが分かっているのに、既定路線を推進してしまう政治家まで大勢います。それほど、道から外れた時の制裁が怖いのでしょう。

原発に関しては、放射線被ばくが人体に与える影響が実際にはどれほどのものか、私は、はっきりと見えていませんが、でも、そもそも、自然エネルギーの量が膨大にあって、それを何ら問題なく電気に変えることができるのだから、原発は不必要なのです。発電コストが安いというのは嘘で、突き詰めると、原発の目的は、核兵器の原料にしかならないプルトニウムの製造工場に過ぎないのです。それでも原発が必要だといっている理由は、利権しかありません。

何はともあれ次の総選挙では、多くの国会議員が落選して、もう二度と戻ってくることはないでしょう。そういう現実を踏まえて、これまで魂売った、民を売ったという自覚のある政治家は、ぜひ「自分は間違っていた」と悔いて、民のために、子供達の未来のために、勇気を振り絞って、消費税の増税をとめてください。原発もやめてしまいましょう。

どうぞ、よろしくお願いします。

2012/07/25

ミッション


「ウブスナガミ」の原稿のオリジナルのひとつです。

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19971223日。

韓国、浦項でのネゴがようやく終わって帰路につくことになる。12月に入って、韓国も通貨危機に見舞われて大混乱していたが、我々の商売は今のところ順調に推移していた。

金甫空港で成田行きに乗り換えようとカウンターに行ったら、オーバーブッキングで私の席がないという。仕方がないので、名古屋に向かい、そこから新幹線で帰ることになった。それでも今日中に家に辿り着ける。今日は、日本は休みだったんだから、明日のクリスマス・イブは代休取ってもいいだろう。

新幹線の中で、1人で酒を飲みながらこの1年を振り返る。

本当にいい年だった。

ある事をきっかけにして、この6月から私は家庭人になった。年間100日も韓国にいたが、出張しないときは、家に早く帰って、平日でも食器くらいは洗った。子供達を風呂にも入れるようにもなった。家族で沖縄旅行もした。妻は見違えるほど幸せそうになった。

会社からの帰り道、保谷駅を降りてから家までの間、畑の中の小道を歩いていく。
「ああ、しあわせ。みんなも幸せになりますように。」
祈りに似た思いが自然と湧き出てくる。そんな日々だった。

来年、何しようか。

幾つか浮かんできた。「妻の自信を取り戻したい。」「ものを書きたい。」「田舎暮らしの基盤をつくりたい。」手帳に書き留める。

さて、仕事は?と考えた時、心に浮かんでしまった言葉が、「会社を変える」だった。そのまま書き留める。

この夏前から、ウチの会社が不良債権の処理が一向に進んでいないとマスコミに出てしまった事がきっかけで、株価は下落を続けて、とうとう200円を割ってしまった。そんな中で突然、数千億円の不良債権処理が発表される。時を同じくして山一證券が廃業する事になる。「次はウチの番だ」と良識のある社員は思っていた。

「この会社、おかしいよ。このままだったら、きっと潰れるよ。」
これが私の酒を飲んだ時の口癖だった。谷底に向かって突き進んでいるのに図体が重くて止まらない恐竜のようだと、私はいつも感じていた。
それでも、そう言うと、決まって
「おかしいのはお前だよ。」という言葉が返ってきた。

変えられるとしたら、今しかない。

…………………………

年が明けた。

社長は年頭の挨拶で「改革を全うする事が私の使命。」と言って続投を宣言した。

数日後、私は、社長にメールを打った。上杉鷹山や土光敏夫を引き合いに出して改革者のあるべき姿を説き、あなたの改革への熱意は社員には全く感じられないから辞めるべきだという趣旨の事を書き送った。

「あなたの言うことは分かりましたが、特にお答えすることはありません。」これが、社長からの返事だった。

秘書部長に呼ばれて説教を食らった。「そんな事を言っているのは、馬鹿な若手だけだ」と。労働組合の組合長にコピーを送ったら、彼は興奮して長文の返事をくれた。

ただ辞めろじゃ芸はない。次は、坂本竜馬になった気分で自分が「舟中八策」を作ってやろうと思い立ち、自分なりの改革案を書いてまた社長に送った。

「佐々木君、君の意見は良いところもあり、実現不可能なところもあると思います。何れにせよ、有難う。」

この返事の数日後、彼は辞職した。

「ごくろうさまでした。」と一言だけ書いて送ったら、秘書部長から電話があって、「失礼じゃないか。」とまた怒られた。私にすれば、ねぎらいたかったんだけど、他に言葉も見つからなかったのだ。

次期社長は、大方の予想通りの人選で、失望する社員も多かったが、私はもうあんな事するのはやめようと思っていた。実際、暗い夜道を1人で歩くのがどうも落ち着かない。組合長からも、危ないからもう1人でそんな事はするなと言われていた。

しかし、新しい役員人事が発表されて愕然としてしまう。そこには「顧問」という肩書きがずらりと並んでいた。

「ひどく疲労するので、社長に直接メールを出すのは止めようと思っていましたが、今日の役員人事を見て憤りを感じたので再度、私が前社長に送った改革案を送らせていただきます。もはや、「今まで通り」は誰も望んでいません。決死の覚悟で改革をしてください。私ももう一度決死の覚悟に戻ります。」

「ご満足頂けなかったかも知れませんが、ベストの人選をしたつもりです。改革は必ずやります。これからも意見を下さい。」
以後、社長はいつも私のメールに迅速に返事をくれるようになった。

同じ頃、韓国の通貨危機の余波で、プラント輸出の契約が全部キャンセルになった。これまで、一緒に働いてきた子会社から出向してきた人達は、仕事がないまま子会社に戻される事になった。私は、韓国での他のビジネスを提案したが、上司は耳を傾けない。他のマーケットに行けばいいと考えているようだった。

「佐々木よー、社長にメール出すのもいいけど、目の前の事もちゃんとやれよなあ。」飲み会の席で同期の社員が言う。

確かにそのとおりだ。

一晩寝ずに考えた。

翌日、部を出る事を書面で上司に宣言した。私が去ることで、韓国の商権は子会社に移管される事になる。

行くあてなどない。人事担当は私の話を聞くふりはするが、しょせん謀反者は会社を辞めるしか道はない。

「退職を前提に活動をしています。これが最後のメールになると思います。」社長に書き送った。

「会社の為に、これからも意見をください。」

2012/01/30

才能と啓発


 子供の頃、勉強はよくできました。すっごい田舎に住んでいたので、教育環境は良くなかったけど、中学校の時は郡市で一番だったので、「神童」という噂も、本当にありました。()
 一方で、父親の酒乱や借金問題で、家はとっても荒れてました。そして、故郷は過疎で、どんどん人が減っていきました。こういう問題を解決しないといけないって、小学生の頃から考えずにいられなかった。
 「きっと、俺は何とかなるだろうけど・・・どうしたら周りを救えるんだろ?」

 これが私のテーマでした。ずっと、今も。

貧乏育ちでも、ようやく世間でいういい会社に勤められて、まぁ、何不自由ない生活と言えばそうだったのに、30代で、家族抱えて、突然、仕事やめて選挙出ました。なぜそんなことしたのかと突き詰めて考えると、結局、たまたま少し勉強ができたくらいで、自分だけ恵まれた環境に居ることに、とっても罪悪感があって、漫然とぬるま湯につかっていることに我慢ならなかったからだと思います。結局、三回も落ちる中で、お先真っ暗という状況に何度も陥ったけど、それでも、破綻することはありませんでした。家族にも、さんざん苦労かけてしまいましたが、家庭崩壊もありませんでした。借金苦にもなってないです。まぁ、信用がなかったお陰と言えばそれまでかもしれませんが・・・。

若い人と話す時は、いつもこういいます。
「つまんない私利私欲が動機じゃなかったら、多少の失敗は、結局、痛くもかゆくもなくって、必ず乗り越えられるから、自分がいいと思うことは、どんどん、やってみたらいいよ。」
 淡々と行動すると分かってくることは、本当に、成功も失敗も一緒ということです。

そして、周りを助けることって、ほんと難しいですが、今では、無条件に、できることすべてをさし出すようにしています。その中には、事態を打開するために、誰も言わないことをあえて泥かぶって言うことも含まれます。自分には、マイナスにしかならないことが分かっていても、やります。
そうやっても、結果、大したことはできてないんだけど、でも、結局、子供の頃、思っていたように、自分は、確かに、何とかなっていることに気付くのです。そして、やり切った瞬間に開ける世界は、私にとっては至福だったりするのです。

つまるところ、意識が現実をつくっているというのは、まったく事実だと思います。

自分に足りないものを補うために、一生懸命勉強したり、出会いを求めたりする人が少なくありません。人に認められるために、自分に足りないものを補うとか、何か新しい考え方やテクニックを身につけようとしても、残念ながら、ほとんどうまくいかないようです。ほとんど実を結ばないのは、実は、根っこにある「自分には何かが足りない」という意識が現実化しているからなのです。そして、人にそういう意識を植え付けることで、啓発ビジネスをしている人達も、残念ながら、少なくないのです。今の教育システムそのものが、そうなっているとさえ言えるでしょう。


私は、小さい頃から、確かにお勉強はできたけど、それは、社会に出たら何の役にも立たないだろうと、思っていました。そして、自分には、何かを成し遂げる才能も集中力もなかったし、そういう人達にあこがれた時期もありました。無一文からたたき上げて、大きな価値を作り上げる天才やカリスマと呼ばれる人達に憧れがあったので、そういう人達と比較的身近に接することができたと思います。

もっとも、私の人生の中の決定的な出会いはすべて偶然に過ぎず、自分から求めて会いに行ったことはありませんでした。あのとき偶々そうしなかったら、私の人生は大きく変わっていたに違いないということは、本当にいくつもあります。出会いがないと嘆く人は、出会いがないのではなく、つねに起こっている偶然の出会いに意味を見出して、行動につなげられないだけなんだと思います。

天才やカリスマと言われる人達と接して分かったことは、私との決定的な違いは、才能というよりは、モチベーションだということでした。そして、そのモチベーションの根っこにあるのは、若い頃の大きな喪失体験であって、それを埋めるために必死にもがいた結果だということでした。大きな負荷がかかった環境で、それに逃げずに向き合うと、確かに才能は開花するのですが、それは、言うまでもなく、すべてもとから自分の中にあったものに違いないのです。環境に応じて、誰でも才能は開花するんだと思います。

 そして、突き詰めれば、意識がすべてをつくり出していますが、その意識も、全部つながっているというレベルではなく、本当はすべて、ひとつです。もともと、私たちは最初からあらゆる可能性と潜在力をもっています。何か足りない存在では決してない。個性と言われるものは表面的な濃淡に過ぎないのであって、固定観念さえ捨てれば、その見え方は、どんどん変化していくと思います。

2012/01/23

タブーを笑って蹴っ飛ばせ!!



ベルナルド・リエターさんは、西洋では、3つのタブーがあったと言ってます。 
「死」「お金」「セックス」です。 

なぜ、タブーを作るのでしょう? 

真実を隠して、恐怖や罪悪感を植え付けることで、ひとりひとりの人間に備わっている大きな力を抑えて、支配するためですね。 

タブーの裏には、こんな刷り込みがあります。 
「死」:死んだら最後。生きてる間に神様の言うこと聴いたら天国いくけど、きかなかったら地獄です。 
「お金」:神様と一緒で、人前でみだりにお金の話しちゃいけません。守銭奴はみっともないことだけど、怠けてて、お金稼げないのもいけません。 
「セックス」:人間を堕落させるいけないことです。唯一、一夫一婦の夫婦間においてのみ、許されます。 

こういう刷り込みを与えることで、恐怖、罪悪感で人を支配しながら、人口を抑制してきました。 

で、本当のところは、 
「死」: 
人間は必要に応じて何度でも生まれ変わるので、死も、人生の失敗も、恐れる必要はありません。自分で思うように生きるのが一番いいです。 

「お金」: 
ただの紙切れと通帳の印字で、あまりこだわる必要ありません。実際は、ちょっと工夫すれば、誰でもお金稼げるでしょうし、逆に、お金に、あまりこだわるといい人生送れないようです。多くの人が、お金のことで苦しんでいますが、そもそも、お金のしくみに問題があるので、あまり自分を責める必要はありません。ただ、つまらない欲に付け込まれて、甘い口車に乗っちゃって、結局、すってんてんにされちゃうことは、よくあるので、それは、気をつけた方がいいですよね。 

「セックス」: 
至福な創造の行為で、愛にもとづいて行えば、基本的に良いことです。 

 因みに、うちの妻が言うには、「私がするのは恋愛で、あなたがするのは不倫」だそうで、・・・・・・あっはっは、因果応報・・・・・。 
私は、嫉妬心も独占欲もないので、どうぞ、どうぞ、ご自由にです。 
とりあえず、一夫一婦なんて、かなり自然の摂理に反していると思います。一方、「酒と女は二合()まで」ってのは、あんまり無理がないかもって思います。(これ、男尊女卑じゃないですよ、逆も真なりです。) 

また、環境問題も、新しい「原罪」です。 
数年前、ある環境事業を立ち上げようとした際、私は、「Co2は、原発推進とマネーゲームのための単なるプロパガンダだから、それで補助金もらおうなんて発想は駄目です。」って言ったら、一斉に、非難の嵐が起こったことがありました。私は、かなり早くから環境派で、「人間のエゴの為に地球を汚すのはけしからん」とずっと思ってきましたが、今では、それは、間違っていたと素直に認めます。自然のキャパシティは、本当に大きいので、人間の生存に不都合な汚染でも、自然は好きなだけ時間をかけてしっかりリカバーします。環境税も、新しい搾取のための方便ですね。地球を汚す罪深い人間は、貧しくとも、なけなしのお金をむしりとられていくのでしょう。 

もうひとつ、セックスもドラッグも、タブー化、禁止することで、アンダーグランウンドで巨大な、ビジネスを展開しています。私はドラッグの経験はゼロですが、精製せず自然の形で摂取すれば、良いこともいろいろあるってのは、事実のようです。

2012/01/10

格差を超えて


さっき、オリンパスの旧経営陣が会社から訴えられたというニュースを見て、かつてそこの経理部で働いていたうちの妻はいいました。
「悪いのは、もっと前の経営者達だよ。」
私は、
「いや、そういう意味では、本当に悪いのは、日銀だろ。」

今、社会がどこに向かっているのか?

一言で言えば、富と権力の集中といってしまっていいでしょう。

1980年代、一億総中流と言われた時代がありましたが、あっという間に、日本は世界有数の格差社会になってしまいました。なぜそうなったかは明らかで、バブルとその崩壊を経て、構造改革という言葉がもてはやされ、自由競争が賛美され、従業員より株主が大事にされるようになりました。また、派遣法の改正によって、非正規雇用者が激増したこと、デフレによって、賃金が低下をたどったことも大きな原因と言えます。さらに、このバブルの形成と崩壊は、日銀の金融政策によって意図的に起こされたと言ってよいでしょうし、一連の構造改革路線の政策も、グローバリストの意志に従順な政治家達によって遂行されたと言えます。突然変異と自然淘汰を繰り返して今の生物世界ができたというのが、確率論からは、まったくあり得ないというのと同じように、個人がばらばらに欲望を追求したら、今のような社会になったというは、あり得ないのです。そして、たとえ政権が変わっても、この流れには、何の変化もありません。彼らは、見え透いた茶番劇、三文芝居を演じているだけなのです。政治家の多くは、芝居させられているという自覚すらないのです。

TPPも消費税増税も、その目的は、つまるところ、格差を大きくすること、言葉を変えると、収奪をさらに強めることです。財界が、確実に景気を悪化させるのに、消費税増税を支持する。つまり、彼らは、本当は、景気回復など望んでいないということです。

メディアのキャンペーンによって、増税しなきゃ財政破綻するから、やむを得ないという人がもう5割を超えています。でも、これも嘘で、実際は、日銀じゃなくて、政府が直接通貨を発行して、すべての人の基礎所得を支給してしまえば、財政も経済も国民生活も問題は解決する。何故そうしないのか?答えは簡単で、そうすると、支配と収奪ができなくなるからです。そして、メディアを通じて、専門家と呼ばれる人達を使って、枝葉末節かつ不明瞭なことを延々との述べさせることで、ことの本質を隠して、問題解決方法などどこにもないのだと刷り込み続けます。さらに、一方的に押し付けられた政策の結果なのに、民主主義の社会なんだから、こうなった責任は、自分たちにあると漠然と思わされます。

私たちが向かっている社会では、大多数の人が、仕事も収入もほとんどない、あるいは、いつもリストラに怯えながら、低賃金で来る日も来る日も、一生働きっぱなし。何のゆとりもなく、人と愛をはぐくんで、家族をもつことさえ容易じゃない。無気力がはびこり、心が荒んで、社会に暴力が増えるのは当たり前のことです。ごく稀に、努力や才能で富をもつ人がいますが、そうした人たちの多くも、さらなる競争に巻き込まれて、富を失ってしまいがちです。そして、初めから富のあるところにすべての富が集中して行くのです。
そういう状況で、もっとひとりひとりが愛をもって生きれば、良い社会ができるとか、祈ればきっとよりよい未来がくるといっても、ほとんど救いにはなりません。

幸せや不幸せというのは、あくまで個人の主観、感情に属するものだから、社会の問題と完全に切り離そうという人も少なくありません。確かに、おカネはあっても、あまり幸せそうじゃない人、少なくなかった。その理由は、自然な愛より富を失う不安の方が強くなるからだと思います。
また、「人生で不必要な苦労なんてなかった。」「人生で無駄なことなんて何一つない。」という人もいます。
自分の人生を振り返っても、確かにそうだったと言えます。そして、私は、正直、苦労は買ってでもしたし、経済的にも一度どん底を味わわないと自分は、開花しないと思って、それを実行さえしました。でも、他の人もそれでいいとは決して思えないし、何よりも、社会が良くない方向へ向かっているのだったら、自分のことはおいてでも、良くなるように最善を尽くすのが、自然な人間の姿だと思います。

世界には、すべての人の胃袋を十分満たすだけの食糧があり、すべての人にゆとりをもたらすのに十分なエネルギーもあります。本当は、奪い合う必要は何もなく、すべての人が豊かに暮らすのに、自然を収奪する必要もないのです。

それでも、これからも、格差はさらに拡大し、富と権力はますます集中して行きます。残念ながら、改善される兆しは何一つありません。そして、通貨の混乱や、国どうしの紛争を経て、通貨も国家も統一の方向に向かいますが、行きつく先は、人類がひとつになった平和な社会ではなく、完全隷属の社会なのです。

そういう状況だけど、私は、支配も収奪もない社会をつくることは可能であり、それが本来の自然な姿なんだということを、淡々と伝え、そして、身近なところから、実現して行こうと思います。

2011/12/24

3月17日のレポート


配達完了

広島に原爆が落ちた時、放射能汚染のために、数十年は人が住めないだろうと言われていました。それでも、愛する土地に残って、またたく間に復興させてしまった人間というのは、本当に凄いし、素晴らしいと思います。
 
 今回、女川町の避難所で一緒の部屋で寝た隅田翔さんは、千葉県出身で、プロのサッカー選手目指して女川町のクラブチームに入りながら、ここの水産会社で働いていました。今は、サッカーは引退して子供達のコーチをしているそうです。とても、いい若者で、水産会社は、壊れてしまったので、石山さんが、秋田で一緒に米づくりしないかとスカウトしました。
「結局、米があれば生きていけるんですよね。」って興味を示しながらも、隅田さんは、ここに残って復興の手助けをしたいと言います。ほんと、故郷でもないのに、頭が下がります。まだ生きてること親に連絡できてないっていうので、私がそれを引き受けました。

 人間の行動動機はつきつめるとたった二つしかないと言います。愛か恐れかです。
支配する人は、支配を強めるために、あらゆる方法を使って、人の恐れを増幅しようとします。その最大のポイントは、死と恐怖を結びつけることです。でも、これって、ただの刷り込みに過ぎません。

そもそも、死って、なぜ怖いんですか?
よーく、考えてみてください()
どんなに美辞麗句で覆い隠しても、あなたの恐れや不安は、丸見えなんです。

福島原発の放射能汚染が怖くて逃げたい人は、どうぞ、逃げてください。そして、もう帰ってこなくていいよ。() いつも平気でレントゲンとったり、添加物だらけの食べもの食べたりしてるのに、原発にジタバタするの不思議だな。()

私にも、有難いことに、逃げろというメール、何通も来ました。女川と福島、勘違いしてんのかなとも思います。お言葉ですが、私は逃げずに、最前線に立ちます。それが私の人生です。自分を裏切るくらいだったら、死を選びます。

昨日、大原中学校に避難している人達に、暖かい布団で寝て欲しいと思って、雪のつもった夜のコバルトラインをかなり飛ばして向かいました。もうすぐ到着と思って、仲間の喜ぶ顔を思い描いていると、突然、「通行止め」の看板が・・・・

もう、絶望感です。
こんな吹雪の中、大原中学校は陸の孤島になってしまった。もう、会えない・・・。

打ちひしがれて、コバルトラインを戻って、入口にある女川町第一保育所に行きました。そこに、米を数十キロあげて、泊めてもらうことにしました。250人程避難しているところですが、記帳のために、訪問者のリストをみると、上に、山口県の人がいます。いったい、どうやってきたんだろ?世の中、本当に捨てたもんじゃないです。

朝になると、掃除が始まり、ラジオ体操の音楽が流れます。女性達は、テキパキと食事を作り出します。厳しい状況の中でも、いい雰囲気です。

私は、だらだらグループになって、ここの水産会社で働いていた中国人の安さんから、お茶頂いて、拾ってきた缶詰を御馳走になりました。どこの避難所でも、ないないづくしの中、最大のおもてなしをしてくれます。それだけ、助けに来てくれるのが嬉しいんだと思います。

石山さんは、隅田さんに案内されて、友人を探しに行きました。そして、無事にあえて、嬉しそうに戻ってきました。

それから、もう一度、大原中学校を目指すことにしました。昨日、通行止めだったのは、夜間の危険防止のためかも知れないからです。

もう一度、通行止めの地点まで行きました。でも、やっぱり解除はされてませんでした。そこにいた工事業者の人に聞いたら、昨日、土砂崩れが発生したとのことでした。でも、その代わりでもないですが、海沿いの道路が復旧したということをおしえてくれました。

そして、一日遅れちゃったけど、無事に大原中学校に到着しました。

「えーーー、佐々木さん、また来てくれた!!」
「自衛隊、何かもってきた?」
「昨日は、毛布を多めにくれたよ。」
「でも、俺は、敷布団もってきたよ。」
「わーーーー、一番寒い時に一緒に寝たもんね」

急いで皆で運び出します。防寒になりそうな服も、石山さんや黒瀬さんがあわててみつくろって入れてくれましたが、女性や子供達が、嬉しそうに試着し出します。普通、災害地に古着を送ると、実際は迷惑がられるのですが、今回ばかりは違います。

彼らは、お返しにと言って、破壊された養殖場からもってきた見事なアワビをくれました。物々交換の世界は楽しいです。今晩の酒の肴にします。テレビで、「邪魔になるから行くな」とコメントしてるNPO関係者って、可哀そうだなって思います。真心には、真心が返ってくるのは、当たり前のことです。

それから、この間お世話になった渡波の消防団の鈴木巻生さんのところに行きました。石巻生まれの巻生さんです。自治体からの配給は、少しよくなって一日おにぎり一個になったと言ってました。顔は完全にやつれて、それでも、ガレキの撤去作業を黙々とやってます。米をかなり大量に差し上げたら、涙ぐんでいました。

帰り道、石山さんは、「こんな貴重な体験は、人生で滅多にない」と言ってます。
神戸で震災にあった私の友人は、かつてこんな風に言ってました。
「不謹慎なんですけど、実は、あの時が人生で一番充実してて、楽しかった。」

皆さんも、どうぞ、現場に行ってください。得難いものが得られます。

2011/11/26

国と国の共生


 一年くらい前、御徒町のスタバで金鋒博士としゃべったことを原稿化したもの、アップします。尖閣で騒いでいた頃のことです。考えてみれば、NS乳酸菌を始めた頃も、冷凍ぎょうざ事件で揺れていて、商品化がたいへんでした。


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(佐々木)
日中関係がよくないことに、私はとても心を痛めています。博士と一緒に事業やってから、もう二年になりますが、実は、この間、契約書すら満足にかわしていないのに、トラブルが一度もないんです。この間、目先の利益のために、私との約束破って、結果、関係を絶った日本企業が、何社あったかを考えると、本当に、あきれてしまいます。国民性の問題なんて存在しないって私は思います。

(金)
あの島には、誰も人が住んでいないんだから、誰のものとか主張しないで、皆で魚とればいいんですよ。鄧小平が訪日した際、尖閣列島の問題についてこういいました。「私達は、賢くないのでこの問題を解決できません。しかし、私達の子孫はより賢いでしょうから、きっと解決してくれるでしょう。」そう言って、問題を棚上げしてしまったのです。これは、とても賢明なやり方です。今、交渉して譲歩したら、どちらの国の政治家もメディアからとても批判されます。だから、解決しないのが一番いいのです。冷却期間をおけば、やがて穏やかに話しをすることができるようになります。興奮状態だと、相手のいいところは見えません。悪いところしか見えないと正しい判断力がなくなります。何十年も、問題にならなかったのに、何故、今、突然、問題にするんでしょう。そうする必要はないです。

私は、武力も戦争も一切、反対です。共生のために話し合いをすればいいんです。

  資源が足りないからと言って、武力で奪うというアメリカのようなやり方には同意しません。石油のために、アフガニスタン、イラク、そしてイランと争うアメリカのやり方は最低です。

 たとえ、武力で一時的に勝ったとしても、その後、永遠に負けます。イギリスもフランスも、武力で、どんどん国を大きくしたけど、結局、もとの大きさにもどりました。その後、ドイツや日本も同じことになりました。そして、最後に、広島や沖縄の人のように、とてもつらい目に会うことになってしまいます。悪いのはリーダー達なのに、ひどい目にあうのは、国民です。

 デモで、他人のものを破壊するのは、本当によくないことです。日本の商品壊したかったら、自分で買ってやればいいんです。誰もそういうことをしない。

(佐々木)
 博士は、日本で学位をとっているので、前回の小泉さんの靖国訪問の時でも、難しい立場だったと聞きました。

(金)
 「日本製のパソコン捨てろ」と言われたので、「じゃあ、あなたも、家の日本製のテレビ捨てなさい。パソコンの中の日本製のチップも」と切り返したら、何も言わなくなりました。以前は、学位を捨てろと言われたので、じゃあ、日本語捨てろと言いました。政治という言葉も、経済、科学、共産党という言葉まで、実は、日本でできた単語を中国が輸入して使っています。日本語捨てると、人民日報もほとんど読めなくなるんです。

(佐々木)
感情的に、国どうしの排斥運動をするというのは、つくづく愚かしいと思います。そういうことがエスカレートして、戦争が起こったら、困るのは、国民なんだから。

(金)
武器をもたないのが一番大事です。武器をもたずに喧嘩したら、死ぬことは滅多にないけど、武器をもった途端、危険になります。銃をもったら、撃たないと殺される可能性が高くなります。あなたを殺さないと私が死ぬという状況がすぐにうまれてしまいます。
この間、日本のホテルでテレビを見ていたら、素晴らしい番組をやっていました。ある村の土地を企業が買いました。ところが、その土地の利用目的は、「戦争ゲーム」だったんです。それを知った住民たちは反対運動を始めました。インタビューを受けたお年寄りの言葉は素晴らしかった。「私達は、子孫に銃を忘れて欲しいんです」と言っていました。まさに、ガンジーのような人、英雄だと思います。結局、地域の人がほとんど反対したので、企業はあきらめました。インタビューした人は、「ただのゲームですよ、テレビゲームで人を殺しているより、体を動かした方が健康的でしょう。」と言ってましたが、違います。殺人、戦争は駄目です。運動のやり方は他にいくらでもあります。中国で同じことが起こったら、村の収入になると言って賛成する人ばっかりだと思います。私は、感動したので、中国に帰って、この話をいろんな人にしています。学者にも、学生にも。
武力で強くなる必要はないのです。これはバクテリアの世界も一緒です。ピロリ菌を殺すために抗生物質のめば他の菌も破壊します。ピロリ菌なくなっても、糖尿病になるかもしれない。でも、乳酸菌を飲めば、他の物は、破壊しないんです。国の問題も一緒です。

(佐々木)
日本でなぜ、戦国時代がおこったのか突き詰めれば、ポルトガル人が鉄砲もってきたからといっても間違いじゃないです。その後、日本を統一した徳川家康は、日本から鉄砲をなくしてしまったんですね。だから、日本に長い平和が訪れました。これは、本当に大事なことです。

(金)
万が一、武器をもたない人を武器で襲ったら、それは、犯罪になります。武器をもたなかったら警察と喧嘩してもこわくありません。それでいいのです。もたないのが、一番安全なのです。ガンジーは今でも、世界中で尊敬されていますが、ヒトラーやスターリンを尊敬する人はいません。最近、日本がアメリカとの同盟関係の中で、武器を輸出することに合意したと中国で報道されました。最初は防衛のためと言って武器をつくっても、やがて、お金のために、それを売るようになります。これは、米つくるよりお金になると言って、アヘンつくるのと変わらないです。

また、尖閣の事件の後、福島県で、中国人観光客の乗った観光バスがたくさんの日本人に取り囲まれて、抗議行動されたのが中国のテレビで報道されたんですが、それ以来、中国から、日本には、観光客がほとんど行かなくなってしまいました。

(佐々木)
マスメディアはいつも、自分達に都合がいいように、相手の悪いところだけ報道するから、本当に気をつけないといけないです。東大の卒業式で総代を務めた博士は、誰がみてもエリートだと思いますが、中国の指導者層でこうした平和と共生の思想をもっている人がいるということを私は一人でも多くの日本人に知ってもらいたいんです。

(金)
この間、一緒に沖縄の平和祈念公園に行きましたけど、あそこに書かれていた平和の言葉は本当に素晴らしくて、感動しました。あんなすばらしい文章、今まで、見たことがないくらいでした。

(佐々木)
博士のお兄さんは、日本でいえば次官クラスにあたる中国政府の要職にいた方ですが、そのお兄さんのたってのリクエストで、みんなで平和祈念公園に行ったんですね。お兄さんは、あまり脚の具合がよくないんだけど、それでも、うだる猛暑の中、広い公園をさんざん歩き回って、日本の戦没者に祈りを捧げていました。私はそれに感動を覚えました。ちょうどその数日前、日本の官房副長官が、沖縄県知事を訪問して、日米合意を守って欲しいと要望したと報道されていて、私は、ほんとに情けない気持ちになりました。私は、民主党時代、副長官と同じグループにいて、個人的には、ずいぶんお世話にもなったんですけど、今では、本当に、ため息しかでません。

(金)
アメリカは日本をコントロールしたいから同盟を結んでいるだけで、実際に日本を守るわけはないと思います。日本はトラですからね。歴史上、小さい国から大きな国に戦争を仕掛けたのは、日本だけでしょう。中国、ロシア、それからアメリカですよね。トラは、檻の中に入れる必要がありますから。中国人は、比較的知識のない人は、アメリカが好きですが、知識層には、アメリカ嫌いが多いんです。

(佐々木)
なるほど。でも、日本は、戦争の反省の上にたって憲法で戦争しないと決めているわけだから、もうやらないですよ。とは言え、憲法を変えて戦争できるようにすべきだと考える国会議員が、今では、圧倒的に多いので、テロのひとつでも起こったら、いつでも、憲法を変えられる状態です。
長い歴史を素直な視点でみると、支配者の一貫した意図は人口を減らすということだと言えると思います。大きな不況で、失業者があふれたところで、国の対立をつくって、そういう人達を戦場に送って、殺し合いをさせる。今は、まさに日本がアジア進出した時代の空気と似ていると思います。被害を受けるのはいつも普通の人達だから、政府やマスメディアが対立を煽っても、感情的になって、それにのってはいけないです。不況がひどくなったら、途端に、国境紛争がいくつも起き出しました。これは、本当に危ない信号です。

(金)
私が最初に日本に留学したのは、一九八七年ですが、それまでの日本の政治家は素晴らしかったと思います。軍事はやらずに、経済の発展を目指して、戦後の貧しい国から、あっという間に、世界一の経済大国になりました。今、日本は、経済が駄目で、政治家は目標を示せないから、隣国と問題を起こして、愛国者のふりをして、国民のナショナリズムをかきたてています。これは、本当によくない姿勢です。

中国は、いろんな国と国境を接していて、常に、そこでトラブルが起こります。でも、そこで軍が関与したら、国と国の問題になってしまうので、決して軍は関与しないで、民間どうしに解決をまかせます。隣国との国境の画定も、時間かけて、話しあって、できるだけ、分かりやすい国境線を引いてきました。
そもそも戦争が起こると、国境線が変わるのだから、それ以前の領土のことを言っても、意味がないのです。沖縄だって、昔は、中国に税金を払っていた時代もあるし、そもそもアメリカが沖縄を返還しなかったら、尖閣の問題も存在しないのです。国境の小さなトラブルをわざわざ大きくする必要はないのです。それは、経験が足りないのかも知れません。

(金)
私は、いつも日本と中国を行ったり来たりしているので、よく、中国でこういう質問をされます。「日本人は中国人嫌いですか?中国と戦争したいんですか?」
私は、こう、答えます。
「今までは決してそんなことはありませんでした。日本に行くと、とても安全な国だという印象をもちます。街の中では、警察の数が少ないんです。軍人は一人も見かけません。つまり、銃をもっている人をほとんど見ないんです。戦争が好きな国には見えません。ときどき、デモをやってるのを見かけますが、あれは自由な国だからでしょう。」

(佐々木)
日本は、デモに参加する人が本当に少ないんです。特にヨーロッパだと社会問題が起こると、すぐに何十万人も集まって、大規模なデモになりますが、日本じゃそういうことがほとんどない。

(金)
日本人は、イライラして興奮している人が少ないと思います。もし、中国で自由にデモをやらせたら、きっと共産党の悪口を言う人が多いんだろうと思います。
北朝鮮の問題でも、穏やかに話せばいいのです。そして経済支援すればいい。トップの政治指導者は、決して謝罪はできないのだから、謝罪しろというのは、無意味です。中国の諺に、「牛に琴を弾く」というものがありますが、まさにそれです。人間は、極度に貧困状態に陥ると、死んでも怖くなくなります。そういう人達と喧嘩してはいけないです。アメリカが中東で戦争してもうまくいかないのは、豊かな人は、戦争に行きたくないからでしょう。経済力のある国の人は、政府に戦争に行けと言われても、行きたがらないのです。朝鮮の人も、日本のおにぎりを食べたら、誰も、戦争する気にならないでしょう。

(佐々木)
今、世界中で景気が悪くて、失業者がどんどん増え出しています。でも、恐慌で仕事を失った人達を戦場に送り出して殺し合いをさせるという歴史のパターンは、もう、繰り返してはいけないんです。

(金)
中国と日本は、民族のDNAということであれば、ほとんど区別ができないくらいですが、文化もとても近いんです。どちらも漢字を使うし、日本人がお寺に参拝にいくように、中国でも同じことをします。私と同じような考えをもつ中国人も、決してすくなくないのです。

(佐々木)
中国では、宗教はどうなんですか?

(金)
文化大革命の時代は、宗教はただの迷信だとして、禁止されていましたが、今、仏教もキリスト教も信者の数が増えています。

(佐々木)
なるほど、私たちは、ほとんど同じDNAをもっているだけじゃなく、同じ文化ももっているということを、今は、本当に、深く認識する必要があります。そういう時代ですね。