原稿

原稿

「マトリックスの真実」「おカネの真実」「空前絶後の社会運動」「志の世界」「大震災の前線」「右傾化選挙の中で」
世の中の根本的な仕組み、神とは、支配とは、おカネとは、社会とは、人間とは、・・・根源から、そして、前線から、書きました。
読んで面白いと思った方は、どんどん転送やコピー配布をして頂ければ幸いです。


2011/09/25

小さな革命



今から一年前、稲刈り作業をしている従兄と話していると、こういいました。
「収穫に、何の喜びもない。」
去年の秋田の作は、本当に悪く、さらに、米価も最低でした。

今年、まだ収穫してないのに、来年はああしたい、こうしたいと、私に熱く語ります。初めて挑んだ無肥料無農薬、大成功と言っていいです。それでも、反省点や改良点がいっぱいあって、来年は、もっとよくしたい、そして、もっと作りたい・・・。

最近、幼なじみから電話が来ました。私たちの田んぼの前をたまたま通りかかったので見てみたら、出来が素晴らしかったと言うのです。私は彼が大好きで、今回も一緒にやらないかと誘ったんですが、過去、無農薬で大失敗した経験があって、怖くて一緒にやれませんでした。でも、来年は違うかもしれません。

従兄は、若い頃、うちの親父の借金と田んぼを全部引き受けて、ずいぶん、苦労しました。そして、彼らは、負けると分かっている私の選挙にも、何も言わずに、全力で付き合ってくれました。これは、村社会では、本当にたいへんなことです。

彼らに恩返しをして、故郷を興すために、私は正攻法を選びました。最高の米つくって、直接消費者に届ける。

まだ、米ありますから、ぜひ、食べてください。
http://inochinokate.netからお申込できます。


もう、経済崩壊は、いつ起こってもおかしくないです。
その時、一番大事なのは、米です。
あらゆる穀物の中で、単位面積当たりの収量が一番大きく、何千年でも同じ場所で作ることができ、味が素晴らしいので加工しなくても、そのまま食べられる。

いよいよ、稲刈りです。

 私は、子供の頃無くしたもの、ようやく、取り戻すことができました。

2011/09/22

現代版昭和神聖会をつくろう


昨日、「現代版昭和神聖会をつくろう」という小文をまとめました。ご一読ください。にんげんクラブ会報誌の来月号にのります。来週から、会議が始まります。
いよいよ本番ですかね・・・。

http://briefcase.yahoo.co.jp/bc/sasaki_shigehito 

2011/09/16

昭和神聖会


昨日、メキキの会の「王仁魂復活プロジェクト」に行って、ショートスピーチしました。
「王仁三郎さんは、行動の人です。命かけて、世の中変えようとして、この世に理想社会つくろうとして、本当にできそうなところまでいった人です。みんな、行動しましょう!!」って言いました。
にんげんクラブの月刊誌に「空前絶後の社会運動」というタイトルで、王仁三郎さんがおこして、わずか1年で800万人もの賛同者を集めてしまった昭和神聖会のことを連載してきましたが、今、まさに必要なのは、このような運動です。それぐらい、経済崩壊はいつ起こってもおかしくないです。王仁三郎さんほどのカリスマは見当たりませんが、皆で力合わせれば、結構なものができると思います。私も6年ぶりに断酒をするので、少しはパワーアップするかと思います。
その後、主だったメンバーで話し込みましたが、「革命」という言葉が自然に飛び出すほど、本気モードでした。
とりあえず、以下、連載をまとめたものが読めるので、お読み頂ければ幸いです。

http://briefcase.yahoo.co.jp/bc/sasaki_shigehito  

2011/09/13

マアジナル


田口ランディさんから、メールでイベントの案内頂いたついでに、久しぶりに、メールでやり取りしました。「マトリックスの真実」を送って読んでもらったら、「私の新刊、「マアジナル」(角川書店) 「アルカナシカ」(角川学芸出版)の二冊はたぶん、同じことを別の言い方で表現しているだけだと思います。」というコメントでした。

私が、文章を書くきっかけとなったのは、11年前、田口ランディさんに触発されたからでした。田口さん、メルマガ文化をつくった人と言っても過言ではないと思いますが、私は、彼女のメルマガを読んで、生い立ちや人間性がよく似ていることにびっくりし、さらにあんな風になら自分も書けると思って、ふつふつと表現意欲が沸いてきて、さんざん書いたものを一方的に送りつけました。()結局、友達になれて、一緒に仕事したり、旅したりしました。秋田だけじゃなく、台湾占いツアーまで一緒に行きました。その一方的に送りつけていた原稿を一冊にまとめたのが「ウブスナガミ」です。この本、もちろん絶版で、アマゾンでは中古品が高値で売られているのにびっくりしますが、私の手元には、大量の不良在庫があって、希望者には、差し上げています。

でも、田口さんが作家になってから、彼女の作品は、最初の「コンセント」以外、一冊も読んでません。私は、そもそも文芸書ってものに、興味をもてないんですね。

あれから11年、田口さんは、もうお酒も飲まず、作風もがらりと変わったようです。滅多に本を読まない私ですが、とりあえず、アマゾンでマアジナルをクリックしました。

ついでに、私へのコメントもなかなか興味深いです。

「佐々木さんも、自己表現したいアーティスト型の人ですから、先に人を救う事よりも、自分のやりたいことをやればいいのでは?
結果として人や世界が勝手に救われるかもしれません。
それは、予期してやった以上の波及効果があることもあります。
好きなことだけやってれば、あとはどうにかなる……という、考え方は、ダメでしょうかね?」

更にじゃないですが、田口さんが、今度やるイベントというのは、エロティックな恋愛小説の朗読会だそうです。現代社会の3つのタブーのうち、セックスについては、私の担当外だと思いますが、田口さんには、そこをどうやら担っていただけるようです。()

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音楽実験室「新世界」
「月子と私」
 --ある情事の終わり、あるいは始まり--

今回の朗読会は、田口ランディの短編集のなかから、とりわけエロティックな恋愛小説を選びました。
大人の男女のせつない性愛の物語です。かなりきわどい性描写のある小説を、どのように読みこなすか。
朗読者にとっても、観客の皆さんにとってもたいへんスリリングな朗読会となるこことと思います。
朗読者は映画監督であり、個性派俳優としても活躍している利重剛さんと原作者の田口ランディ。
音楽は映画音楽などでおなじみの大友良英さん。そして映像協力として写真家のにのみやさをりさんが参加しています。
作品のラストは朗読者の即興となっており、情事の終わりなのか、あるいは始まりなのかは当日の舞台まで誰にもわかりません。
どのような展開になるのか、参加者全員が作る物語のラストにご注目ください。
終演後には、田口、利重、大友の三人によるフリートークもあり。
写真家にのみやさをりさんの写真と大友良英さんの演奏のコラボレーションもお楽しみください。


原作 田口ランディ
朗読 利重 剛(映画監督・俳優)
   田口ランディ(作家)
音楽 大友 良英(音楽家)
写真 にのみやさをり(写真家) 
   

日時
2011年 9月26日(月)
19時開場 19時30分開演
22時終演(予定)
前売り3000円 当日3500
予約はこちらから
※当日は混雑が予想されますのでご予約をお願いします。


場所
音楽実験室「新世界」
106-0031
港区西麻布1-8-4 三保硝子B1
(最寄り駅:日比谷線六本木駅2番出口)
TEL03-5772-6767
FAX03-5772-6797

2011/09/12

いよいよ


パシフィコのイベントが終わりました。
結局、私は、何ら役に立てず、ただ迷惑かけて終わってしまいましたが、イベント自体は大成功と言って良かったと思います。みなさん、本当にありがとうございます。
船井幸雄さん、私のことを「大好きな」って書いてくれていますが、その二人の息子さん、勝仁さんと佐野浩一さん、ほんと真摯に生きていて、私は大好きです。

会場で、ブログが更新されていないのは何故?って、質問を何度か頂きましたが、フェイスブックで短い近況を書いていると、まとまった文章が書けなくなることに気付きました。こちらもチェックして頂ければ幸いです。http://www.facebook.com/sasaki.shigehito 

それと、もう、まとまった文章を書くこと自体、あまり必要がない気もしています。大事なことは、全部書いてしまった感があります。

大震災からちょうど半年、一段落しました。

私は、次は、「理想社会のモデル」づくりを本気でやります。まずは、くりもとをそうしたいと思います。そこに行くと、誰でも、食べて寝て働くことができ、自然に触れて、人と語らえる。人はこれで十二分に幸せです。くりもとの自然野菜を食べる人が増えれば、場がより充実したものになります。一人でも多くの人に食でつながって欲しいと思います。もう、経済崩壊がいつ起こっても不思議じゃない状況、まったなしです。いくらゴールド買っても救われないって、少し考えれば分かります。来月、いよいよ米の収穫ですが、イベント会場で、月野ことりさんと会って、「糧」のデザインをお願いしました。米本位通貨って、構想した頃は、あまりリアリティがありませんでしたが、今、確かな価値を感じています。
どうぞ、命のかてにご参加ください。http://inochinokate.net そして、くりもとにお越しください。東京から遠くないです。

2011/08/15

8月15日

支配するためには、多すぎる人間を減らさないといけません。
だから、不況をつくって、対立をあおって、失業者を戦場に送りこみます。
このあきれるほど単純な手口に、いい加減、みんなが気付かないといけません。
感情ゲームにどっぷりとつかって、またしても、してやられている場合じゃないんです。
特に、死と恐怖を結びつけ、死を特別なものとしてまつりあげることで、私たちは、自然な判断力を失って、コントロールされてしまいます。
そもそも死は、日常であって、「恐るべきもの、特別なもの」である理由は、ないのです。
そして、もう二度と会えない身近な人だって、本当は、あなたそのものなのです。

2011/08/10

空前絶後の社会運動 その九 元原稿


政治の現実

 これは、講演ではときどき話していることですが、二〇〇四年一月の民主党の党大会で、当時も代表だった菅直人さんは、このように演説しました。
「私たちが目指すべき社会のモデルは、江戸時代にあると言えます。あの時代は、食料を自給し、地方分権が確立していて、環境とも調和した社会でした。そして、これから最も大事なのは、農業なのです。」

 この党大会の後、同じホテルで新人研修が行われ、その後の懇親会は、中華テーブルの形式で行われました。始まる直前まで私の隣の席は空いていたのですが、その時、入口から会場に入ってきて、「ここいい?」と、私に声を掛けたのが菅さんだったのです。何度かあいさつ程度の会話をしたことはありましたが、じっくりと話し込めたのは、これが初めてでした。
「いやぁ、今日の演説は、本当に素晴らしかったです。私の地元は、農業地帯で、大潟村という米づくりで有名なところもあります。」
「実は、そこの話しを最近聴いて、行きたいと思っていたんだよ。すぐに行く、すぐ。」

そして、菅さんは、わずか四日後に本当に秋田を訪れ、それから、小泉首相との党首討論ふくめ、しばらく農業の話しばかりしていました。

同じ懇親会場で、仙谷由人さんとも少し話したのですが、その時、仙谷さんも、こういいました。
「菅の今日の演説は本当に素晴らしかった。事前にじっくり俺と話しこんだのが効いとったな。」

こうした社会感は、出口王仁三郎が描いたみろくの世とさして変わらないと言えます。

でも、彼らは、政権に近づくにつれて、消費税増税やTPPなど、グローバリゼーションに加担する真逆の政策ばかりを推進していきました。最近も、日本の貧困率が過去最悪を記録したという報道がありましたが、こうした政策が続いた結果として起こる現象です。

何度も繰り返しますが、日銀ではなく、政府が直接通貨を発行して、国民の最低所得を保証してしまえば、財政、景気も、何ら問題がなくなります。そして、食料もエネルギーも自給することは可能です。

 支配と権力の本質

 二〇〇五年九月一一日、郵政選挙で敗北した後、少ししてから、秋田の温泉に菅さん夫妻が遊びに来ました。気心の許せる人達の集まりだったので、宴席も、楽しいものでしたが、そこは、私にとっては、決意表明の場でもありました。
「三度目も出ます。たとえ公認もらえなくて、無所属でも。」
菅さんの前で、私はそう言いました。

それからは、本当に茨の道でした。公認がないため、収入もない、仕事にも就けない状態が続きます。それでも政治を続けるために、私は、起業をしました。もともとおカネに執着できない性格なので、事業にはまったく向かない人間だと自分で思っていましたが、他に方法はありませんでした。

さらに、党からの公認なしで、出馬するというのは、除名を意味しました。その出馬の記者会見は、私の人生の中で、一番勇気を必要とするものでした。会見では、
「失礼ですが、供託金は払えるのですか?」と若い記者から質問をされました。実際、その段階で、おカネの目途はなかったのです。

何も報いがないことが分かっているのに、すべてを投げうって、最後の選挙に出ました。すべて終わった時、はっきりと分かったことがひとつだけありました。自分は、ずっと権力と闘い続けてきたけど、権力っていうのは、自分の中にある恐怖心以外の何物でもないということでした。この恐怖心の壁を破り切った時、明らかに世界が違って見えました。

今の政権の中枢にいる人達が、権力にしがみつくのも、真に民のための政治が行えないのも、結局は、自分の恐れという感情から、抜け出せないことが原因なのです。

食とエネルギー

菅さんが大潟村に来てから七年経ちました。私は、地震のあった三月一一日に大潟村に到着し、自分で米づくりを始めました。職業や身分に関係なく、すべての人が自分の食べものをつくることを、みろくの世の社会基盤とすべきだと王仁三郎は考えていましたが、ようやく私もそれを始めることができました。私は、もともと農家出身ですが、家は子供の頃に離農しているので、まったくの素人です。技術な部分は、師匠である石山範夫さんや、田んぼをもっている従兄に委ねざるを得ないのですが、私は、しっかりと労働力になるべく、田植えの後から、草取りを続けました。農薬はもちろん、有機肥料も含めて一切の肥料を使わない自然栽培にしたので、およそ一か月半の草取り作業は、本当にきつい仕事でしたが、何とか無事に終えることができました。すくすくと育つ稲をみているとふつふつと幸せな気持ちが沸いてきます。農業を始めた大きな理由は、若者の働く環境がどんどん悪くなる中で、何とか彼らにやりがいのある仕事をつくりたいということでした。千葉のくりもとで自然野菜をつくっている大庭裕之さんも、秋田に研修に来た近藤嵩さんも、誰もが感心するほど、よく働きます。若者が誇りと生きがいをもって農業に取り組む姿は、本当に感動的です。こうした志ある若者が核となって、だれもが安心して、働いて食べて眠れるコミュニティが育っていき、さらに、地域の食をまかなって行くことができれば、それがまさに、「みろくの世のひな型」と言えると思います。

もちろん、今回の原発事故をきっかけに、エネルギーの自給も真剣に目指すべきです。もともと原発の本質は、プルトニウム製造工場であり、自爆装置以外の何物でもありません。そもそも自然エネルギーの量は、無尽蔵と言えるほど膨大にあり、それを電気に変換する技術も整っているので、自然エネルギーだけで、今必要な電力をすべて賄うことに、何ら問題はありません。もちろん、原発をやめたら、経済が悪くなるということも、あり得ないのです。

「恐れ」をすてて、どんどん行動に移していきましょう。その方が、楽で、楽しいです。