20世紀初頭、シルビオ・ゲゼルという在野の経済学者は、考えました。
「すべての自然物と同じ様に、お金も、老化して、消えてゆくのが本来の姿だ。」
カール・マルクスは、格差の原因は、生産手段の私的な所有にあると考えましたが、ゲゼルは、金利こそが現代社会の問題の根源だと考えたのです。
1932年、世界恐慌の最中で、シルビオ・ゲゼルの理論を実践した町がありました。オーストリアのチロル地方都市にあるヴエルグルという町です。当時、ヴェルグルは、人口5000人の内、失業者は400人に達し、町の財政は破綻していました。町長のウンター・グッケン・ベルガーは、町議会に図り、自分の町だけで使える通貨を発行することにしました。つまり、町は事業を興し、失業者に職を与え、その報酬を「ヴエルグル労働証明書」と言う通貨で払ったのです。この通貨の裏側にはこのように書かれていました。
「溜め込まれて貨幣循環しない貨幣は、世界を大きな飢饉、人類を貧困に陥れた。労働すればそれに見合う価値が与えられなければならない。お金を一部のものの独占にしてはならない。この目的の為にヴエルグルの労働証明書は作られた。貧困を救い、お金を循環し、仕事とパンを与えよ。」
この通貨を使うには、月初めに額面の1%相当のスタンプを購入して張り付なければいけないこととしました。つまり、このお金は、1ヶ月毎に1%ずつ価値が減っていくのです。だから、この老化するお金を手にした人は、出来るだけ早くこのお金を使おうとしました。
町の公共事業の給料として支払われた「労働証明書」は、異常な勢いで流通し、通常の通貨の何倍も回転して経済活動を刺激しました。町の経済は息を吹き返したのです。この「労働証明書」はやがて公務員の給料にも支払われ、銀行にも受け入れられるものになって行きました。そして、ヴエルグルの成功を見て、周辺の町でもこの通貨の採用を検討し始めました。しかし、オーストリア政府は、1933年9月、通貨の発行権は、国家の独占的権利であるとして、この発行を禁止してしまったのです。この世界でも例の見ないお金の実験は、わずか13ケ月で幕を閉じ、町の経済は再び混乱状態に戻ってしまいました。
現在では、電子マネーの確立で、減価するお金をよりスムーズに流通させることができます。恐慌の脱出方法と、地域社会の自立のエッセンスが、このヴェルグルの実験の中にあります。